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広島地方裁判所尾道支部 昭和32年(ヨ)1号 判決

申請人 金山高志

被申請人 日立造船労働組合因島支部

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請人は「被申請人が昭和三十一年十二月二十四日申請人に対してした同月三十一日附をもつてする解雇の意思表示は本案判決の確定に至るまでその効力を停止する。被申請人は申請人に対し昭和三十二年一月一日より右本案判決の確定に至るまで毎月末日限り金一万一千二百十円を支払え」との裁判を求め、申請の理由として、申請人は昭和二十四年七月二十一日より日立造船株式会社因島工場の常用従業員で組織する被申請人組合に書記として雇用され同組合書記局の事務に従事してきたが、被申請人は昭和三十一年十二月二十四日申請人に対し同月三十一日附をもつて解雇する旨の意思表示をなしこの意思表示は同月二十五日申請人に到達した。しかし、右解雇の意思表示は左記理由によつて無効である。すなわち

一、本件解雇は申請人の信条を理由とする解雇である。

被申請人組合は昭和三十一年秋頃日立造船株式会社に対し賃金値上要求闘争を行つていたが、同年十一月十日頃有志組合員の間に組合執行部の極左的行き方を不満とし第二組合を結成しようとする動きが起つたので、当時執行部は組合の分裂をさけるため右有志組合員と数次に亘る折衝を重ねた結果、同月二十日両者の間に、組合運動の方針として反共産主義の態度を確認するほか、申請人を組合の分裂をさけその統一を持続する右交渉が纒まるまで休業させる等の話合いが成立した。そこで、申請人は当時被申請人組合の書記長松村徳夫の懇請に従い一時休業することを承諾し右交渉の纒まる日を待つていたが、間もなく右松村書記長外執行部役員が円満に事態の収拾をはかるため余儀なく執行部役員を辞職するや、申請人も新たに被申請人組合の執行委員長となつた被申請人代表者山口安夫等から同年十二月二十日退職金、予告手当のほか一か年分の賃金相当額を支給するという条件で退職の勧奨をうけ、申請人がこれを拒絶するや、被申請人組合は直ちに同月三十一日附で申請人を解雇するに至つたものである。本来、申請人は組合書記長の指示に従い執務する事務職員にして被申請人組合の行き方や活動自体には何ら与るところがない者であるにも拘らず、被申請人は信条を異にする組合役員を選挙の手続で解任し自由にその地位から排除できることと混同し、執行部役員の辞職に伴い申請人をその信条に同調するものと看做しいきなりこれを解雇するに至つたのである。要するに、本件解雇は被申請人が従来の執行部の行き方を容共的であるとし、且つ申請人を共産主義者又はその同調者と目しこれを唯一の理由として行つた解雇であることは以上の経過に照し明らかであるから、憲法第十四条第十九条第二十一条労働基準法第三条に違反し民法第九十条に該当する無効の意思表示である。

二、本件解雇は申請人に準用される労働協約及び就業規則に違反し無効である。

申請人は昭和二十四年七月二十一日採用の際被申請人から労働条件を示され、申請人の身分は組合規約及び同細則に従うほか、被申請人組合と日立造船株式会社との間の労働協約並びに同会社の就業規則に準拠することと定められた。ところで、右就業規則及び労働協約には、解雇事由として、(1)就業規則第八十条第一号及び第二号の休職期間が満了の日に於てなお休職事由が消滅しない者及び復職の希望を申し出ない者(2)事故欠勤が引続き二か月に達した者(3)組合を除名された者(4)同規則百三十一条に定めるところにより打切補償を行つた者(5)不具廃疾となり職務を行うことができないと医師である衛生管理者が認めた者(6)身心の障害又は虚弱、老衰、癩その他疾病のため職務を行うに堪えないと医師である衛生管理者が認めた者(7)勤務成績又は業務能率が著しく低い者のうち向上の見込なく配置転換もできない者は、何れも三十日前に本人に予告するか又は三十日分の平均賃金を支給してこれを解雇する旨を規定するほか、懲戒処分としては譴責、減給、出勤停止、降職及び懲戒解雇の五種を定めた上、懲戒解雇事由として十六項目にわたり各種事由に該当すべき者を掲げ、これらの一に該当する者はこれを懲戒解雇に処する旨規定している。しかし、申請人はこれまで組合書記長の命を受けて忠実に職務を行い、懲戒解雇は勿論何ら普通の解雇に該当する事由もないので、結局、本件解雇の意思表示は申請人に準用される前記労働協約及び就業規則に違反し無効である。

三、本件解雇は解雇権の濫用である。

申請人は被申請人主張の答弁三の(8)の事実は認めるが、この事実を除くほか、被申請人が解雇の事由として主張するような行為をしたことはない。仮に、右行為があつたとしても、被申請人が答弁三において主張する事実は、被申請人において本件仮処分申請後解雇理由を発見するため調査又は考究した結果始めて挙げることのできた事実であつて、何れも本件解雇を支持する事由とするに足りない。しかも、被申請人が解雇の事由として主張する申請人の行為は、後に組合執行部の交替に伴いことさら指弾を受けるに至つたものであるが、何れも過去のことに属し且つ申請人の誠意から出た軽微な行為であるため、すでに被申請人より看過せられていた事柄であつて、到底解雇に値しない。本来、被申請人はその活動により所属組合員の地位を擁護する労働組合にして、組合員はすべて会社の就業規則による保護を享け容易に会社から解雇されない地位にあるのに拘らず、組合の活動に使役するため雇用した申請人を右就業規則に違反し所定の解雇基準にも該当しない前記事由をもつて解雇したことは著しく信義誠実の原則に反する行為である。さらに、被申請人がまず配置転換を考慮しないでいきなり申請人を解雇したのは権利の濫用である。要するに、本件解雇は何ら合理的な理由がなく解雇権の濫用である。

よつて、本件解雇の意思表示は無効であるところ、申請人は俸給生活者で他に収入がなく本案判決の確定を待つては回復し難い損害を被るので、被申請人に対し、本案判決の確定に至るまで本件解雇の意思表示の効力を停止し、且つ従前支給されてきた月額金一万一千二百十円の給与を被申請人がその支払を停止した昭和三十二年一月一日より本案判決の確定に至るまで毎月末日限り支払うことを求めるため本件仮処分申請に及んだと述べた。(疎明省略)

被申請人は主文同旨の裁判を求め、答弁として、申請人が昭和二十四年七月二十一日より日立造船株式会社因島工場の常用従業員で組織する被申請人組合に書記として雇用され同組合書記局の事務に従事してきたこと、被申請人が昭和三十一年十二月二十四日申請人に対し同月三十一日附をもつて解雇する旨の意思表示をなしこの意思表示が同月二十五日申請人に到達したことは認める。しかし

一、被申請人は後記三に掲げる事由に基いて申請人を解雇したもので申請人の信条を理由としてこれを解雇したものではない。

二、申請人主張の就業規則及び労働協約は申請人の服務には準用されないので、その準用があることを前提とする申請理由二の主張は根拠がない。

申請人が被申請人組合の組合規約及び細則に服すること、右就業規則に申請人主張通りの解雇基準を定めた規定があることは認めるが、申請人が採用の際右就業規則及び労働協約に準拠して服務するものと定められたことは否認する。被申請人組合と日立造船株式会社との間の労働協約は昭和二十五年九月二十六日成立したが昭和二十六年九月二十五日存続期間の満了によつてその効力を失い、昭和二十九年十二月一日成立した労働協約に関する予備協定も昭和三十年十一月三十日失効したので、申請人の採用時と本件解雇当時には何れも準拠すべき労働協約は存在しない。さらに、被申請人は申請人を懲戒解雇に処したものではない。

三、本件解雇は解雇権の濫用ではない。

被申請人組合は昭和二十四年六月頃機構の整備に伴い、組合事務が多くなつたので、これに使役するため書記局に書記を置くこととし、応募者約六名について採用試験を行つた結果、宝地某が第一位で採用されたが同人は僅か一か月位勤めて退職したため、改めて、昭和二十四年七月二十一日第二位の申請人を雇用期間を定めないで採用した。ところが、申請人には以下に記載する行為があつて到底信頼して雇用を継続することができない。すなわち、(1)被申請人組合は、昭和二十九年八月三日第二十六回代議員会において、代議員の一人から「組合幹部は一時金の妥結にあたつて会社側から十万円つかまされた、重役と一杯飲んだ、六年間に三千万円もらつたという噂があるがどう考えているか」との質問があつたので、噂にしても由々しい問題であると考え、その頃八回に亘り統制委員会を開いて事実の調査をした結果、右の噂は事実無根にして、ことの起源は、申請人が確実な根拠もないのに拘らず、執行委員金山勤に対し「石川(当時の執行委員長)さんが元原(当時の書記長)君にビールを仕度しておるから労務部長の処へ来てくれと言つて話をしていたのを聞いた、元原さんは石川さんの話を了承してうんと返事をした」と告げたことに由来することが判明した。また被申請人組合は昭和二十九年十月一日日立造船株式会社から通知書と題し「申請人は(2)労働時間中に日共機関紙アカハタを従業員に配布し会社の秩序をみだした。(3)工業学校生徒数名に対し労働時間中に会社の意図を中傷し会社に対し不信の念を抱かしめるよう教唆扇動し職場の秩序をみだした。(4)日共因島地区宣伝文書を印刷し地域細胞の手を通じ会社の表門前で配布させた。右の事実により申請人を秩序保持のため組合事務所以外の場所に立入ることを禁止する」旨の書面を受取つた。そこで、被申請人組合では、会社の右申入れを組合に対する不当労働行為と解し、前記会社を相手方として昭和三十年九月三十日広島県地方労働委員会に救済命令の申立を行い、会社との関係において問題の解決をはかる一方、申請人との関係はこれを自主的に処置すべきものと考え、自ら事の真否を調査した結果、前記(2)乃至(4)の事実は何れも本当であることが判明した。(5)申請人は昭和三十一年十月八日秋季賃上闘争の際総同盟県連から被申請人組合に届いた激励電報を掲示するに当り、総同盟と県労会議の差異を充分認識しているのに拘らず、右電報を県労会議からの激励電報として掲示板に掲示した。申請人の右行為は労組運動に従事する者の感覚に照し単なる過ちであるとは認め難い。(6)被申請人は前記闘争の際事前に会社の了解を得た上工場内の職場黒板に赤旗を掲げていたのであるが、申請人は同年十月十二日、会社の係員が右光景を写真撮影するのを見て、組合執行部に対し「会社はしまつてあつた赤旗をわざわざ掲げて写真に撮影した」と報告した。そこで、被申請人組合の書記長は直ちに会社に抗議すると共に実状を調査したところ、申請人の右報告は虚偽であることが判明した。さらに、(7)被申請人組合では前記闘争の際時間外勤務(残業)拒否闘争を実施していたが、申請人は同年十月十五日午後十時頃、組合書記長の指示がないにも拘らず、内業工場の所謂ポンス場で夜勤作業に従事していた工員小林博、岳本信男の許に赴いた上、小林博に対し「今組合でストをしているのを知らないか」と言い、同人が「知つている」と答えるや、さらに詰問的態度で「ストをしているのに時間外の残業をしてはいかんではないか」と責め、同人から「夜勤もやつてはいかんのか」と云われた結果間もなくその場を立去つた事実がある。このため、右工員両名は申請人から侮辱されたものと思いその夜の作業の中止を申し出るのみならず、岳本信男においては後に会社を辞めるに至つたのである。(8)申請人は採用の際提出した履歴書によると、職業として、昭和二十一年五月大阪鉄道局鷹取機関区に勤務し昭和二十四年二月退職したとあるが、被申請人が昭和三十一年十二月二十九日調査した結果によれば、申請人が右機関区に在籍していた期間は昭和二十二年四月三十日から翌二十三年五月十八日までであつて、結局職歴を詐り被申請人組合に雇用されたことが判明した。また、(9)申請人は、記録係として、被申請人組合の役員会に出席するほか、部内の秘密事項を評議する会社との間の生産会議にも出席していたのであるが、会議の席上で聞知した事柄を日共日立因島細胞機関紙「船台」に掲載するなど組合等内部の秘密事項をよく外部へ漏らすため、後に生産会議への出席を止められた事実がある。かくして、申請人は以上(1)乃至(9)の行為により使用者たる被申請人組合の組合員から全く信頼を失い書記として不適任であると認められた結果、昭和三十一年十二月二十日第三十七回代議員会において、「申請人が依願退職手続をとらない場合には同月三十一日附をもつて申請人を解雇する」旨の決議承認がなされたので、被申請人は申請人に対し鋭意依願退職の途を勧めたのであるが、申請人がこれに応じないため同月二十四日内容証明郵便をもつて申請人に対し「申請人を同月三十一日附で解雇する。予告手当等合計金六万二千四百円を支払うから出頭受領されたい」旨の通知を出し申請人を解雇したものである。以上の次第で、申請人には解雇に値する相当な理由があるから、本件解雇は解雇権の濫用ではない。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、申請人が昭和二十四年七月二十一日より日立造船株式会社因島工場の常用従業員で組織する被申請人組合に書記として雇用され同組合書記局の事務に従事してきたこと、被申請人が昭和三十一年十二月二十四日申請人に対し同月三十一日附をもつて解雇する旨の意思表示をなしこの意思表示が同月二十五日申請人に到達したことは当時者間に争がない。

二、申請人は本件解雇は申請人が共産主義者又はその同調者であることを唯一の理由とする解雇であるから憲法第十四条第十九条第二十一条及び労働基準法第三条の規定に違反し民法第九十条により無効であると主張する。

そこで、本件解雇に至る経過を考察するに、成立に争のない甲第一号証、第十五号証の一乃至十三、第十六号証の一及至六、第十七、第十八号証の各一、二、第六、第八、第九号証に証人田頭忠三郎、円福寺鶴美、新谷幸雄(第一回)の各証言並びに申請人及び被申請人代表者(何れも第一回)各本人訊問の結果を総合すれば、被申請人組合の議決機関として代議員会等を置くほか、右機関で決議された事項を執行するため、執行委員長外十七名の役員をもつて構成される執行委員会を置いていること、そして、執行委員会は俗にこれを執行部と称し、常に業務の運営に必要な方策を審議するほか、争議に当つては自主的に闘争方針を決定してこれを組合員に指令し争議行為を指導実施する立場にあること、ところで、被申請人組合は昭和三十一年九月頃から右執行部指導の下に使用者である日立造船株式会社に対し賃上げを要求して争議行為を行つたのであるが、長期に亘る争議が左派に属する執行部役員の主導に基き世間の非難をよそに成果を伴わない過激な闘争行為に終始した結果、争議終了後一般組合員の間に左翼に偏向した組合幹部の右行き方を不満とする者があらわれ、同年十一月中旬頃これらの組合員によつて反共産主義を標榜する第二組合を結成しようとする動きが起つたこと、そこで、当時の執行部役員は組合の分裂をさけるため右組合員の有志と数次に亘る折衝を重ねた結果、有志組合員から数多の要求事項が提出されたが、結局、右要求事項のうち以下の四点について交渉か整い、同月十九日両者の間に、組合は(1)過去の行動を反省し今後自ら加盟している日本労働組合総同盟の決定事項を忠実に行う。(2)容共分子の活動を排除し反共産主義の態度を明確にする。(3)執行委員長村上四郎名義で上位組合である全国造船労働組合連合会に対し以上のことを誓約する。ことに意見の一致をみるほか、当時一般組合員の間で非難の声が高い申請人を被申請人組合から辞めさせることとし、(4)申請人に対し他に就職を斡旋して自発的に被申請人組合を退職して貰うよう勧告し、且つ申請人をして同月二十日より出頭の指示があるまで従来通り給料を支給して休業させることに話合が成立したこと、そこで、前記村上執行委員長は同月十九日開かれた第三十一回代議員会で以上の事項について職場代議員の決議承認を求めた上、被申請人組合の書記長松村徳夫を通じて申請人に対し、単に「有志組合員との前記交渉が纒まるまで従前通り給料を支給するから休んでいて貰いたい」と述べ、代議員の決定と符合しない事実を告げて申請人に休業を命じたこと、しかし、申請人は右命令が自ら二、三の組合員より直接聞いた代議員会の決定と相違するので、自己の立場を明確にするため、後日組合事務所へ出向した上村上委員長に対し休業命令を証する文書の作成を求めたところ、同人から「示達」と題する同月二十日附書面(甲第六号証)の作成を得てその交付を受けたこと、しかして、右書面によれば、休業命令は「今般組合業務の都合により出勤の指示あるまで申請人に休業を命ずる。但し休業期間中といえども所定の月給を支給し勤続年数は継続するものとする」というのであつて、これまた先に松村書記長を通じて告知された命令の内容と相違するので、申請人は村上委員長に対し先に告知を受けた通りの書面の作成方を強く要請したがこれを聞き入れて貰えなかつたこと、そして、村上委員長は前記闘争指導の責任を感じ間もなく他の執行部役員と共に組合執行部を総辞職し、後日新たに執行委員長に選任せられた被申請人代表者に対し申請人に関する前記代議員会の決定を伝え就職の斡旋等その善処方を依頼して事務全部をこれに引継いだこと、そこで、被申請人代表者は書記長田頭忠三郎を通じ改めて申請人に対し代議員会の決定に従い円満に被申請人組合を退職して貰うよう数回勧告したが、申請人が頑としてこれに応じないため、同年十二月二十日第三十七回代議員会において「申請人がなお依願退職手続をとらない場合には同月三十一日附をもつてこれを解雇する」旨の決議承認を求めた上申請人に対し鋭意依願退職の途を勧めたけれども、申請人は全然退職の意思がないと述べてこれを拒絶したこと、によつて、被申請人代表者は同月二十四日申請人に対し代議員会の決定により解雇することを告げ「申請人を同月三十一日附で解雇する。解雇予告手当等は同月二十五日組合書記局において支払うから持参受領されたい」旨記載した解雇通知書(甲第九号証)を手交したが、申請人がこれを受取らないので、即日内容証明郵便をもつて右通知書を申請人に送達しこれを解雇したことが認められ甲第二十号証の一、二と前顕新谷の証言及び申請人(第一、二回)本人訊問の結果中以上の認定に反する部分は採用しない。してみると、以上の経過によれば、本件解雇は結局申請人に対する一般組合員の前記非難に由来して行われ、右組合員の認識する非難の原因事実がすなわち解雇の実質的理由であることが窺われる。

しかるところ、申請人(第二回)本人訊問の結果によると、申請人は本件解雇当時すでに日本共産党に入党し、且つ申請人が共産党員である事実はその頃被申請人組合の多数組合員の間に周知の事柄であつたことが看取せられるので、この事実と右に認定した解雇に至る経過を比較対照して考察すれば、結局、本件では、申請人が共産党員である事実を措いて他に前記非難の生起した決定的原因の存することを認めえない場合には、本件解雇は被申請人組合が左派に属する執行部役員の辞職に伴い一挙に共産主義的分子を組合内部から排除するため、申請人の政治的信条を理由としてこれを解雇するに至つたものと一応推認するに足り、これに反し、一般組合員の前記非難が主として申請人の有する共産主義思想以外の事由に基いて生起したものであることが認められる場合には、却つてこの事由を決定的理由として本件解雇が行われたものとみるのが相当である。

よつて、申請人に対する前記非難の原因を調査するに、成立に争のない甲第十八、第十九号証の各一、二、乙第六号証の一乃至十一、被申請人代表者(第一回)本人訊問の結果により成立を認めうる乙第十七、第十八号証に証人吉武雅人、円福寺鶴美の各証言並びに被申請人代表者(何れも第一、二回)各本人訊問の結果を総合すれば、申請人は、(イ)昭和二十九年頃日立造船株式会社の定める就業時間中に組合機関紙等を各職場へ配達する際日本共産党機関紙「アカハタ」を配付して歩いたこと、また、(ロ)その頃約一週間の間工場の岸壁等で組合員でない会社内工業学校の生徒数名に対し会社の意図を中傷し生徒をして会社に対し不信の念を抱かせるような話をして聞かせこれを扇動したこと、さらに、(ハ)同年夏頃組合事務所の二階印刷室において密かに「会社の経営に関する事項を誹謗しこれを読む会社従業員をして労働意欲を減退させるに足る」内容の「船台」と称する日本共産党日立因島細胞機関紙を印刷した上これを地域細胞の手を通じて工場正門前で配付させたこと、しかして、申請人の以上(イ)乃至(ハ)の行為は会社の信用を害し職場の秩序を乱すに足る行動であつて明らかに正当な組合活動の範囲を逸脱するものであること、そのため、前記会社の労務課長は当時申請人に対し口頭でかような行動を慎しむよう注意したこと、しかし、申請人は「会社から注意をうけるおぼえはない」と述べ労務課長に対し正式に書面による申入れを要請したこと、そこで、会社は同年十月一日申請人と被申請人組合の双方に対し各別の書面(乙第六号証の二及び三)をもつて、叙上(イ)乃至(ハ)の事実を指摘した上「かかる行為の再発を防止し職場の秩序を保持するため申請人が組合事務所以外の場所に立入ることを禁止する」旨の申入れをしたこと、ところが、被申請人組合ではその後約一年間にわたり幾度か代議員会や執行委員会を開き右申入れの対策について腐心した揚句、申請人の前記諸行為の存否に拘らず、会社の申入れは組合に対する不当労働行為であると解し、会社を相手方として昭和三十年九月三十日広島県地方労働委員会に対し会社の被申請人組合に対する右申入れの撤回等を求める救済命令の申立をしたこと、そして、昭和三十一年二月一日右労働委員会において、会社との間に被申請人組合自ら申請人の行動につき組合活動の範囲を逸脱することのないよう充分責任を持つこととして右事件を示談により解決したことが認められる。また、(ニ)証人小林博、利守春雄の各証言並びに被申請人代表者(第一、二回)本人訊問の結果によれば、申請人は昭和三十一年十月十五日午後十時頃時間外勤務(残業)拒否闘争が行われていた際、スト破りか否かを確認するため、組合書記長の指示なくして勝手に内業工場の所謂ポンス場に赴いた上、夜勤作業に従事していた臨時工岳本信男に対しいきなり「臨時工か本工か」と尋ね、傍らの小林博が本工であることを知るや、同人に対し「今組合でストをしているのを知らないか」と言い、同人が承知の旨を答えるや、さらに「ストをしているのに時間外作業をしてはいかんではないか」と責め、同人から「夜勤もやつてはいかんのか」と反問せられた結果、「失礼しました」と述べて間もなくその場を立去つたこと、このため、右工員両名は申請人より侮辱されたものと思い班長の利守春雄にその夜の作業の中止を申し出るほか、右利守は後日申請人の右行動について申請人並びに執行部役員に対し強く抗議を申し込んだこと、そして、岳本は前記出来事のため同月十九日意外にも会社を退職したことが認められる。以上の認定に抵触する疎明は採用しない。そして、申請人の以上(イ)乃至(ニ)の行為及び態度が当時組合機関の活動や関係組合員の受けた衝撃その他を通じて汎く一般組合員の間に流布され印象づけられたことはその行為後の経過と前顕疎明により認められる諸般の事実を通じて容易に窺われる。してみると、申請人(第二回)本人訊問の結果によれば、もともと、申請人は本件解雇前自分が共産党員であることを自ら他に語つたことのない事実が明らかであるのにも拘らず、申請人が一般組合員の間で先に認定したように鋭い非難を受けるに至つた原因は、叙上に指摘した申請人の行為を措いて他にその原因とみるべき特段の事実が認められない以上結局、申請人の前記行為が、正当な組合活動の範囲を逸脱し或いは特定組合員の憤激を招いた結果、多数の組合員がこれに関心を寄せ申請人に対し強い不信の念を抱いてきたからに外ならない。しからば、前記非難に基いて行われた本件解雇の理由は主として右の不信を招いた申請人の行為自体にあつて、単に申請人を共産主義者又はその同調者と目した結果ではないことが窺われ、この認定に反する甲第二十号証の一、二と証人新谷幸雄(第一回)の証言並びに(第一、二回)本人訊問の結果は信用し難く、他に右認定を左右するに足る疎明はない。もつとも解雇の主たる原因となつた右行為は何れも申請人の政治的信条又はその性格等に起因する言動であるが、およそ、信条又は思想等はこれに基く行為によつて不当に他人の権利を侵害するほか職場の秩序を乱し作業の運行を阻害するに至るときは最早憲法第十四条第十九条第二十一条及び労働基準法第三条の規定による保障の限りではないところ、申請人の行為及び態度は先に認定したとおり会社の信用を毀損し且つ職場の秩序を乱すに足るほか関係工場の作業の運行を阻害したものであるから、これらの行為があつたことを主たる理由とする本件解雇は何ら前記法条に違反するものではない。よつて、本件解雇が申請人の政治的信条を唯一の理由として行われ右法条に違反し民法第九十条により無効であるとの申請人の前記主張は理由がなく採用できない。

三、申請人は、採用入職の際被申請人から労働条件を示され、申請人の身分は組合規約及び同規則に従うほか、被申請人組合と日立造船株式会社との間の労働協約並びに同会社の就業規則に準拠することと定められた。そして、申請人には右就業規則及び労働協約に規定又は協定する解雇基準に該当する事実がないので、本件解雇は右就業規則及び労働協約に違反し無効であると主張する。

よつて、申請人に対し右就業規則及び労働協約中の解雇基準に関する規定又は協定が準用されるかどうかを検討するに、疎明によれば、前記就業規則は会社の従業員に、前記労働協約は被申請人組合の組合員に各適用されるものであるが、申請人は会社の従業員でもなければ被申請人組合の組合員でもないため申請人に対し右就業規則及び労働協約の適用はないこと、しかし、被申請人組合の組合規約細則(甲第一号証)第四十八条によれば、組合専従者(役員並びに職員)の就業時間、休憩時間、休日及び休暇については労働協約及び就業規則中のこれに応当する規定又は協定が準用される結果、就業規則及び労働協約はその範囲で申請人に準用されるが、他に申請人に対し右就業規則及び労働協約中の解雇基準に関する規定又は協定が準用される旨を明文で定めたものは全く存在しないことが容易に認められる。申請人は採用の際当時の組合書記長村上四郎から前記就業規則及び労働協約が申請人に準用される旨口頭で申渡しを受け、さらに、昭和二十六、七年頃被申請人組合の全書記等によつて労働組合を結成しようとする動きが起つた際、当時の執行委員長伊藤九平等から右の準用があることを確認したと述べ、(その趣旨を推考するに)右就業規則又び労働協約中の規定又は協定は、申請人の身分が従業員又は組合員でないため当然準用を除外されるものを除くほか、すべて申請人に準用される旨の主張をするのであるが、右主張は成立に争のない乙第十六、第二十号証に照し採用できない甲第二十二号証と証人新谷幸雄(第二回)の証言並びに申請人(第一、二回)本人訊問の結果を措いて他にこれを支持する疎明がない。却つて、成立に争のない甲第一号証、乙第十六、第二十号証、被申請人代表者(第一回)本人訊問の結果により成立を認めうる乙第二十一号証に被申請人代表者(第一、二回)本人訊問の結果を総合すれば、被申請人組合の書記局職員の任免採用条件等については組合規約第十四条第二項によれば執行委員長が代議員会の承認を得てこれを定めることになつていること、しかし、従来組合書記に対する臨時給与とか特に定めのない事項に関する事実上の取扱としては、執行委員長が会社と組合間の団体交渉で取決めた条件を参考としこれを下回ることのないよう配慮して諸事項を仮に定めた上、これを代議員会に提案して議決を求め決定していること、そして、組合書記の解雇についてはこれまで事例がないため前記就業規則及び労働協約中の解雇に関する規定又は協定を準用した事実がないのみならず、その準用の必要性も考えられていなかつたことが認められる。しかして、被申請人の組合書記に対する叙上の取扱を不当とすべき理由はない。しからば、右に採用できない疎明として掲記した資料を除くほか、他に申請人に対し前記就業規則及び労働協約中の解雇に関する規定又は協定の準用を認むべき根拠がないので、この準用があることを前提とする申請人の前記主張は爾余の点に関する判断を俟つまでもなく失当にして排斥を免れない。

四、申請人は本件解雇が解雇権の濫用であるから無効であると主張する。

よつて、考察するに、申請人は書記として被申請人組合に採用されて以来、主として代議員会、執行委員会等の議事録の作成、諸掲示の作成貼付及び組合資料の配達等を行つてきたことそして、書記中最も早く被申請人組合に入職したため、時に大会報告書草案の作成や機関決定事項の執行に関する補佐的業務に従事するほか、部内の秘密事項を評議する会社と被申請人組合との間の生産会議にも記録係として出席し、組合内部の比較的重要事項を扱つてきたことが弁論の全趣旨により看取せられる。ところが、(ホ)前顕乙第十七、第十八号証に被申請人代表者(第一回)本人訊問の結果によれば、申請人は昭和二十九年頃右生産会議の席上で聞いた事柄を前記日共因島地区宣伝文書「船台」に掲載するなど組合等内部の秘密事項を外部へ漏らしていたこと、そして、このことが後に執行部役員等に知れた結果右会議への出席を止められた事実のあることが窺われる。また(ヘ)成立に争のない乙第十三号証の一乃至四、郵便官署作成部分につき成立に争なくその余の部分につき被申請人代表者(第一、二回)本人訊問の結果により成立を認めうる乙第九号証に証人西島和夫(第一、二回)の証言並びに右被申請人代表者本人訊問の結果によれば、申請人は昭和三十一年十月八日前記闘争の際、被申請人組合の属する日本労働組合総同盟広島県連合会から被申請人組合に届いた闘争の激励電報を掲示するに当り、これを左派の系統に属する広島県労働組合会議からの激励電報として掲示したこと、もつとも、右両発信者名は略称すれば電文上前者は「ケンレン」後者は「ケンロウ」となつて誤読を招き易い名称であるが、労組活動に従事する者の常有する感覚に照し、右は申請人の故意による操作の結果であると考えられること、そして、申請人は当日闘争の激励に来た右電報の発信者である県連主事上健三から間違いを発見され訂正を求められるや「どちらでもいいではないか」と答え素直に訂正に応じようとしなかつたが、副執行委員長原山義晴の指示により漸く右掲示を訂正するに至つたことが認められる。申請人(第一、二回)本人訊問の結果中以上の認定に反する部分は信用できない。そのほか、申請人が(イ)会社の就業時間中に「アカハタ」を職場へ配付したこと、(ロ)約一週間に亘り工場の岸壁において組合員でない工業学校生徒数名に対し会社の意図を中傷し生徒をして会社に対し不信の念を抱かせるような話をして聞かせこれを扇動したこと、(ハ)組合事務所において密かに、会社の経営に関する事項を誹謗しこれを読む従業員をして労働意慾を減退させるに足る内容の前記「船台」を印刷した上これを地域細胞の手を通じて工場表門前で配付させたこと、(ニ)スト破りか否かを確認するため組合書記長の指示なくして勝手にポンス場に赴いた上夜勤作業に従事する工員を責め同人を憤激させたこと、そして以上の諸行為は当時組合機関の活動や関係組合員の受けた衝撃を通じて汎く一般組合員に知られた結果、右組合員の不信と強い非難を招いて申請人が解雇を受けるに至つたことは先に認定したとおりである(しかし、被申請人主張の答弁三の(1)の事実については、当時、被申請人主張通りの噂が存在したこと、そして、申請人が金山執行委員長に対し被申請人主張通りの内容の事柄を告げたことはこれを認めうるが、風聞の真否が不明であるほか、噂の全部が申請人の右言葉に由来するものとは認め難い。これを支持する疎明は信用できない。また、答弁三の(6)の事実は疎明が充分でない)。およそ、解雇が濫用となる基準は相対的なもので一率に推断できないけれども、少くとも、雇用契約が互に当事者間の信頼に依拠して存続されるものである以上、被用者に雇用期間を通じて雇用契約の本旨にもとる不信の行為が累積した結果、使用者において引続き被用者を雇用するにたえないため、解雇が行われた場合はこれをもつて解雇権の濫用というにあたらない。申請人は要するに職場内で恣に政治活動をするほか争議中勝手な行動により特定組合員を責めて同人を憤激させるのみならず、職務上知り得た秘密を外部に漏し且つ意識的に操作して激励電報の発信者名を偽り、明らかに義務の忠実性と書記としての信頼性を疑うに足る数々の行為を行つた以上、かかる場合、被申請人がその信頼性を疑い引続き申請人を雇用するにたえないと認め一般組合員の寄せた非難に基いてこれを解雇したことは格別申請人に対する不当な評価であるとも考えられないので、結局本件解雇を目して解雇権の濫用であるということはできない。

申請人は被申請人が答弁三において主張する申請人の各行為は、被申請人において本件仮処分申請後解雇理由を発見するため調査又は考究した結果始めて挙げることのできた行為であつて、何れも本件解雇を支持する事由とするに足りないと主張するが、被申請人の答弁三記載の事実中、成程、当事者間に争のない(8)の事実は、本件解雇の意思表示後である昭和三十一年十二月二十九日被申請人において照会調査した結果始めて判明した事実であることが被申請人の答弁に照し明瞭であるから、被申請人自体右職歴詐称の事実を申請人の信頼性を否定する根拠の一として本件解雇に出たものでないことが明らかであるけれども、その余の(2)乃至(5)、(7)、(9)の各事実(当裁判所が認定した(イ)乃至(ヘ)の事実)はその行為の性質上直ちに被申請人に判明していた事柄であるのみならず、うち大部分は先に認定したとおり何れも申請人の行為後間もなく一般組合員等の間に知れ申請人に対する非難の原由となつていた行為であつて、解雇を支持する事由とするに充分である。また、申請人は、被申請人が本件解雇の事由として主張する申請人の行為は、何れも過去のことに属し且つ申請人の誠意から出た軽微な行為であるため、すでに被申請人より看過せられていた事柄であつて、到底解雇に値しないと主張するので、判断するに、成程、申請人の前記(イ)(ロ)(ハ)及び(ホ)の各行為は何れも昭和二十九年中の出来事であつて、行為の時から本件解雇までに二年余の日月を経過しているのであるが、右(ホ)の行為については前に認定したとおり申請人が生産会議への出席を止められた事実があるので、被申請人において右行為を黙過したものとは認め難いのみならず、その余の(イ)乃至(ハ)の行為については、前顕甲第十八、第十九号証の各一、二、乙第六号証の一乃至十一と証人円福寺鶴美、新谷幸雄(第一回)の各証言並びに申請人及び被申請人代表者(何れも第一回)各本人訊問の結果によれば、被申請人組合は昭和二十九年十月一日会社から右(イ)(ロ)(ハ)の行為を指摘した上先に認定した申請人の立入禁止の申入れを受けるや、単に申請人からその弁解を聴取したのみで、何ら事実の存否について慎重な調査を進めなかつたこと、そして、申請人を責めず寧ろこれに加勢して只管会社に対する出方に腐心した揚句会社との関係では前に認定したように問題を示談で解決したこと、しかし、申請人に対しては長期に亘つてその処置を放置し本件解雇に及んで俄かにこれを採り上げるに至つたことが認められ、事態の処理に穏当を欠く点のあることが窮われるけれども、右疎明により認められる諸般の事実を総合して考察すれば、右は単に時の執行委員会を構成する組合役員の感覚に基いて辿つた経過に過ぎないことが認められ、これにより申請人の前記行為が看過せられ不問に附せられたものでないことは一般組合員が先に認定したとおり右行為について強い非難を寄せた事実に照し明瞭である。しからば、申請人の右主張は以上の判断に前項の説示を併せてこれを検討すると自らその理由のないことが明らかであつて採用に値しない。さらに、申請人は、本来、被申請人はその活動により所属組合員の地位を擁護する労働組合にして、組合員はすべて会社の就業規則による保護を享け容易に会社から解雇されない地位にあるのに拘らず、組合の活動に使役するため雇用した申請人を右就業規則に違反し所定の解雇基準にも該当しない事由をもつて解雇したことは著しく信義誠実の原則に反する行為であるというが、仮に、本件解雇が前記就業規則に違反するとしても、すでに説明したとおり、被申請人が本件解雇について右就業規則を遵守すべき法律上の義務を負わない以上、右は単に申請人の希望であるに止まり本件解雇は信義則に反しない。また、申請人は、被申請人が配置転換を考慮しないでいきなり申請人を解雇したのは権利の濫用であるというけれども、先に縷説したように本件解雇には相当な事由があるので、被申請人がかかる考慮を払わないで申請人を解雇したとしても、このことは何ら解雇の効力に影響がない。以上要するに本件解雇は解雇権の濫用ではない。

よつて、本件解雇の意思表示は何れの点からしてこれを無効とすべき根拠がないので、その無効を前提とする本件仮処分申請は失当としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福永亮三 幸野国雄 古市清)

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